
最近のこと
・私生活とばいととゲームをしていたら月日ははくたいのかかくにして状態 光陰矢のごとし
・えちゃで知り合いと会えないのでちょっとさみしい えすさんのあの変態発言が久しい めぐりあわせって難しい
・ちなみにバイトはクビではなかったのであった!怒られたけどな!
・件のエイリアンは今でもくびったけなのでトップ絵に持ってくるぞもってくるぞう
・絵ログうpがめんどくさい ファイルうp画面→記事を書く だといっこしかurl表示されないじゃない、これいちいちコピペして窓とじてコピペして窓閉じて…ってやってるんだけどこれが正攻法なのかしら…
えがうまくなりたい、っつーのは絵描きの最前線にいようが末端にいようが誰しも思うこと、
思うべきこと、努力しようがしまいが関係なくな
三角形のてっぺんを誰しも夢見て、あるいは目指し、あるいは瞑目し、どんなふうに思ってても
やっぱ描いちゃう。
声高に叫ぶのも、沈黙し黙考するのも自由だ
だけどどちらも双方を否定しちゃいけない
叫ぶだけじゃうまくなれんし、考えるだけじゃうまくなれんし
結局描いたもん勝ちだから
あらわれるものだけで判断しちゃいけねえな
本気かどうかなんてわかんねーもんな
結局は絵に全部あらわれてんだよな
私は想いを声に出すと散ってしまうと
世の中進む限りこの世は不可逆だと思うから
うまくなりたいななんてめったに口にしないようにしてる
夢は口に出すと叶わないって子供のころに聞いた話が
トラウマみたいに残ってるのかもしれない
だけど口にしなかったせいで、
私は絵を描くことを親にすら言えず、友人にすら言えず、
私の中でいつの間にか、絵を描くと口にすることは
ある種のタブーになっていた
(ついでに言うと本音を晒せない他人は、私にとって
心置ける人物足りえないのであった。友達の中に居ても、そして親に対してすら)
恥ずかしいことだと思っていた 多分今でも思ってる
だから私の夢の一歩である大学選択を普通ぶって
このようにちいさくなって
それでも絵を描いている
選択したのは自分であるのに、誰かが時折憎くなる。
私に信託をくださらなかった未だ見ぬ友人か、
私に信頼を許さなかった両親か、
私の周りで仲間に囲まれ同じ夢を見る名前も知らない学生たちか、
そのどれも身勝手な子供の怒りだ
選ばなかったのは 選べなかったのは私一人だ
要は私は
今日も絵を描いていると
それだけのことなんだ
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絵を真似ることに対して私は
どちらかというと肯定的な立場なのだけど
なんとなく年を重ねると
それすら恥ずかしいことのように感じてしまう
未だ個性をつかめないのか、みたいなね
すげーと思う人の真似をするってことは
手っ取り早く絵がうまくなる第一歩だろー
いいじゃんべつに
自分だって誰かのまねして上手くなってるんだろう
自分の絵を真似されるのは許せないつーのは
ちょっとおこさますぎるんでないかい
見てて恥ずかしいよ
問題なのは
隅から隅までトレースして自分の作品ですっていうことかな
それは、そいつが恥ずかしい
私は絵や発想が貧困だから、まるまるトレースしてます!っていう具現で
それはちょうはずかしいこと
真似もできない奴はクソ野郎で、いつまでも真似してるやつはもっとクソ野郎だ
私は今どのへんにいるんかな
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じろうさんの絵は現実味があるしえろいから好きだよ
あと女子高生を後ろから抱きしめたいくんくんしたい